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2012年05月10日  [栽培研修会ノート]

岩澤信夫先生を偲んで

 

小川  誠

岩澤先生が去る5月4日に逝去された。享年80歳であった。心からお悔やみの言葉を申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げる。先生の清きみ魂は綿毛の様に軽やかで、きっと鳳凰の様に悠然とたおやかな天界の高みへと舞い上がって行かれることであろう。お別れは悲しいが、み魂が極楽浄土へ至るであろうことに何の疑念もない。そのような生き方をされた方であった。

私が岩澤先生のことを知ったのは今から11年前、とある講演テープに岩澤先生の自然耕のことが紹介されていた時だった。自然耕と言う聞きなれない言葉を早速インターネットで検索し、すぐさま先生が千葉県香取市でご指導されていた自然耕塾に飛び入り参加して、そのお人柄とその巧みな話術にすっかり魅了されてしまい、翌年第2回自然耕塾の塾生にさせていただいた。

以来岩澤先生とお付き合いさせていただいて、私は先生がこよなく民を愛し、私利私欲の全くない方であることを確信した。そして、一切の農業理論や常識にとらわれずに、真理を追い求める農民科学者として不耕起栽培の世界を探求し続けられる姿を垣間見させていただいた。ひたすら農民の生活の向上を願って、自然との共生を目指して不撓不屈、不断の研究に打ち込む岩澤先生であったればこそ、自然界はその妙なる神秘の世界のベールを脱いで、私たちの眼前にその一端を開示してくれたのだと思う。不耕起の田んぼにしか現れないサヤミドロ、24時間人知れずせっせと肥料を生産し続けるイトミミズ、爆発的に増えるメダカや生き物達、不耕起と冬期湛水の組み合わせで飛来した白鳥やマガンの群れ、そしてなによりも稲の潜在的な能力の開示。自然界はそのようにして真理を解き明かす役割を担う人間を選ぶのだ。私は先生の生き様からそのことを悟らされた。

そして、岩澤先生のような生き方は常に末広がりの生き方であることを学んだ。年を取れば取るほど心も興味関心も可能性も開かれていく生き方だ。先生の笑顔は誰をも和ませる。どこまでも人に優しい方であった。そのような人生の師と出会えたことはなんと幸運なことであったろうか。

ここ数年、先生は二つのことを盛んに口にされた。「やがて石油が枯渇する時代がやってくる。」そして、「必ず食糧危機は来る。飢餓の時代は来る。そして、国民皆農の時代がやってくる。」そのことを口にされる先生にはあたかも飢餓に苦しむ庶民の姿が眼前に展開しているかのようであった。さらには化学肥料の原料が枯渇する時代もさほど遠くない。「そのような時になんにもなくてもやっていけるのが不耕起・冬期湛水稲作だ。だから、この農法を実践する人を点から線へ、そして、線から面へと広げていってほしい。」先生の御遺志を継いで、至らぬ人間ではあるが、「生き物いっぱいの田んぼ作り」の普及に尽力していきたい。それが岩澤先生に対する最大の御恩返しだと思っている。

最後に、僭越ながら先生の思いを一句認めて、贐の言葉とさせていただきたい。

稲として 頭を垂れて 種落とし

             次ぐ世の人の 安けき願う

 

 

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